東京高等裁判所 昭和37年(ネ)332号 判決 1962年10月13日
控訴人 原告 笹原繁哉
訴訟代理人 長瀬安太郎
被控訴人 被告 木村信由
主文
本件控訴を棄却する。
控訴審での訴訟費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は「原判決を取り消す。被控訴人が砂賀正一に対する墨田簡易裁判所昭和三十三年(ト)第一一一号不動産仮処分決定に基いて、同年九月三日原判決添付目録記載の建物についてなした仮処分の執行はこれを許さない。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴人は主文第一項と同旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張は左記のほかは、原判決の事実摘示(但し、原判決四枚目裏九行目から十行目にかけて賃権とあるのは質権の誤記と認められるから、そのように訂正する)と同一であるから、これを引用する。
控訴代理人は次のように主張した。
原判決添付目録記載の建物(以下本件建物という)については、昭和三十三年三月十九日競売手続開始決定の登記がなされ、控訴人は同年八月十八日の競売期日において本件建物を競落して同月十九日競落許可決定を受け、次で同年九月十八日代金を完納して同月二十四日所有権取得登記手続を受けたものである。本件建物の前所有者である訴外砂賀正一は昭和三十三年二月十三日本件建物の表口を釘付けにした上退去したので、控訴人は所有権取得後の同年九月二十五日本件建物の火災防止、家屋侵奪の予防上これを管理保管するため代理人辻薫をして本件建物を占有させて保管にあたらせている。従つて、控訴人は同日をもつて事実上本件建物の引渡を受けたものである。なお、控訴人は昭和三十四年二月九日本件建物の引渡命令を得て同日執行吏にその執行を委任したが、本件仮処分の執行が現存するため右執行は実施されなかつた。被控訴人は債権者金邦商事株式会社が本件建物について競売の申立をなしたことを知つて、砂賀正一(同人の妻は被控訴人の実妹)と通謀し、債権者を害する目的で、砂賀に地代の滞納があるとして本件土地の賃貸借契約を解除し、次で砂賀に対し本件建物の収去、土地明渡の請求訴訟を提起し、昭和三十三年九月三日本件仮処分の執行をなしたものである。
被控訴人は右控訴人の主張に対し、本件建物について昭和三十三年三月十九日競売手続開始決定の登記手続がなされたこと及び砂賀正一が本件建物から退去したことは認めるが、本件建物はなお執行吏の占有中であると述べた。
当事者双方の証拠の提出、援用及び認否は、左記のほかは、原判決の摘示と同一であるから、これを引用する。
控訴代理人は、乙第十号証及び原審で提出された乙号各証の成立を全部認めると述べ、被控訴人は、新に乙第十号証を提出し、原審で提出された甲号各証の成立を全部認めると述べた。
理由
左記の事実は当事者間に争がない。
砂賀正一は被控訴人から賃借した東京都墨田区向島請地三十番の二十九宅地四十五坪の内二十五坪の土地上に本件建物を所有しており、昭和三十二年八月二十一日訴外金邦商事株式会社との契約に基く極度額金三十万円の債務につき本件建物に根抵当権を設定した上、右債務の不履行による抵当権実行のため、昭和三十三年三月十七日東京地方裁判所において本件建物につき競売手続開始決定を受け、同年三月十九日右競売申立記入登記手続がなされた。控訴人は同年八月十一日の競売期日に本件建物を競落し、同年同月十九日競落許可決定を受け、同年九月十八日競落代金を支払つて、本件建物の所有権を取得し、同年同月二十四日所有権取得登記手続を経た。他方、被控訴人は砂賀正一の本件建物の敷地に対する賃料の不払を理由に右土地の賃貸借契約を解除したと主張して、同人に対し墨田簡易裁判所に本件建物の収去及び土地明渡の請求訴訟を提起するとともに、同裁判所昭和三十三年(ト)第一一一号不動産仮処分命令を申請し、同年九月一日本件建物について、砂賀の占有を解いて執行吏に保管させる。砂賀は本件建物について、譲渡、質権、抵当権、賃借権の設定その他一切の処分をしてはならない旨の仮処分決定を得て、同年同月三日本件建物の占有を執行吏に移して、右仮処分を執行し且つ同月一日その旨の登記手続を受けた。
なお、成立に争のない甲第一号証によると前掲根抵当権の設定については昭和三十二年十月二十三日その登記手続を了していることが、認められる。
控訴人は上記競落許可決定のなされた昭和三十三年八月十九日に遡つて、控訴人が本件建物の所有権を取得し、同日をもつてその所有権を第三者に対抗し得るのであるから、同日以降本件建物につき砂賀正一に対してなされた前記仮処分の執行を受けるいわれがない、と主張するので判断する。
右仮処分命令は本件建物について訴外会社の抵当権の設定並びにその登記及びその実行のための競売手続開始決定並びにその登記後になされたものであることは上段認定のとおりであるから、右仮処分命令の効力が右競売手続との関係でいかなる効力を有するかが問題になる。建物所有の目的をもつてその敷地である土地を賃貸した者は地上の建物に抵当権の設定がなされている場合であつても、賃借人に賃料不払等の債務不履行があれば、右賃貸借契約を解除した上建物を収去して土地の明渡を請求することができ、右明渡請求権を被保全権利として地上建物の処分禁止の仮処分命令を得て、その執行をなすことができるものであることはもちろんである。しかしながら、不動産に対する上記認定のような、処分禁止の仮処分は仮処分債務者がその後に右仮処分命令に反して所有権の移転その他の行為をなしても、当該仮処分債権者に対抗し得ない効力を有するに過ぎず、右仮処分命令前になされた法律行為の効力までも左右するものではない。抵当権は目的物の交換価値を把握し、終局的にはこれを処分換価して、優先弁済を受けることを得る効力を有するのであるから、抵当権の設定行為には競売手続によつて目的物件を処分換価することを当然に包含するものである。従つて、抵当権の設定、その登記がなされた後に第三者によつて抵当物件について処分禁止の仮処分がなされても、右仮処分は抵当権本来の効果である競売手続による目的物件の処分換価を阻止する効力を有せず、競落による目的物件の所有権取得及びその引渡を妨げることはできないものといわなければならない。本件の場合についてみれば、金邦商事株式会社の上記認定の本件建物に対する抵当権の実行及び控訴人の競落による本件建物の所有権取得は、仮処分債権者である被控訴人に対しても有効なものであるといわなければならない。その結果、控訴人は競落人として本件建物についても有効に引渡しを受ける権利を有するものといわなければならない。従つて、この範囲では、控訴人は右仮処分命令の拘束をうけるいわれはないから、もし右仮処分命令が右範囲内でも効力をもつとして取扱われているとすれば問題であるが、上段認定のように控訴人は本件建物の所有権を取得し、事実上占有しているのであつて、控訴人は本訴でこの点について右仮処分の執行の排除を求めている趣旨でないことは、弁論の全趣旨により明らかである。
賃貸人は賃借人がその賃借地上の建物を所有し、それに抵当権を設定した場合でも、その土地についての賃貸借契約を、賃借人が債務不履行をなしたときに解除をなし得ることは抵当権者に対する関係でも、なんら妨げないことはもちろんであり、従つてまた、抵当権設定後に賃貸人が右のように賃貸借契約を解除し、賃借人に対し建物を収去してその敷地の明渡を請求している場合に、その請求権を保全するために、その地上建物について、譲渡、質権、抵当権、賃借権の設定その他一切の処分を禁じ、建物の占有を執行吏に移している仮処分命令の効力も、上記のように、抵当権の実行に抵触しない範囲では建物の競落人に対する関係でも、いぜんとして持続すると解するを相当とする。なんとなれば、右のような場合は、競落人は本件建物を取得することによつて前所有者の地位を承継するものであつて、そのことによつて、土地所有者または賃貸人に対する関係で当然に土地の賃借権を取得するものでないのはもちろんであるから、賃貸人としては賃借人に対する建物収去、土地明渡の訴について競落人に訴訟引受をなさせて訴訟を追行せしめ得るのである。これに反し、競落人において、その建物の所有権の譲渡、占有の移転等の処分を自由になし得るとすれば、賃貸人はその訴訟を追行することが著しく困難になり、仮処分命令は殆んど効力がなくなることになるが、このように解さなければならない正当な理由はなにも見出すことはできない。このように解しても、上記判示のように抵当権に対するなんらの侵害にならないのはもちろん、このように解さないで、控訴人主張のように、競落人に対する関係で仮処分命令は全く効力がないと解すると、賃貸人の仮処分命令によつて形成された法律上の地位が不当に侵害されることになるから、建物の競落による所有権取得と引渡の点を除いては、右仮処分命令は競落人に対する関係でも有効に存続するものと解せざるを得ない。
よつて、競落によつて本件建物の所有権を取得したことを理由として、本件建物に対する上記仮処分決定の執行(上記認定の部分を除く)の排除を求める控訴人の本訴請求は失当として排斥を免れず、理由は異なるが結局において控訴人の本訴請求を棄却した原判決は正当であつて、本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三百八十四条第二項によりこれを棄却することとし、控訴審での訴訟費用の負担については同法第九十五条、第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 村松俊夫 裁判官 浜田潔夫 裁判官 杉山孝)